ブラックメタルの歴史
暗闇から世界へ広がった極端音楽
ブラックメタルは、ヘヴィメタルの中でも最も過激で、最も誤解されやすいサブジャンルの一つである。高速なテンポ、トレモロ・ピッキング、ブラストビート、金切り声のようなヴォーカル、ローファイな録音、反キリスト教・悪魔主義・異教・北欧神話などを扱う歌詞、そしてコープスペイントと呼ばれる白黒の化粧。外側から見れば、それは過剰な記号の集合に見えるかもしれない。
しかし、ブラックメタルを単なる「速くてうるさい悪魔的なメタル」と捉えると、その本質を見落とす。ブラックメタルが追求してきたのは、攻撃性だけではない。寒々しさ、孤独、拒絶、儀式性、地下性、そして世界から切り離されたような感覚である。デスメタルが肉体の破壊や暴力の質感へ向かったのに対し、ブラックメタルはしばしば精神的・宗教的・風景的な暗さへ沈み込んでいった。(MasterClass)
その歴史は、音楽的革新の歴史であると同時に、スキャンダル、神話化、地域性、思想的問題を抱え込んだ文化史でもある。だからこそ、ブラックメタルを語るには、事件性だけでも、音楽性だけでも足りない。音の変化、シーンの形成、メディアによる悪名、そして世界各地への拡散をあわせて見る必要がある。
起源――名前を与えたVenom、音を形にしたBathory
ブラックメタルの起点として最もよく語られるのが、イギリスのVenomである。彼らの2作目『Black Metal』は1982年に発表され、ジャンル名そのものを決定づけた作品となった。もっとも、当時のVenomの音楽は、現在のブラックメタルそのものではない。NWOBHM、スピードメタル、スラッシュメタル、パンクの荒々しさが混ざった、粗暴で猥雑な初期エクストリームメタルだった。(Encyclopaedia Metallum)
それでもVenomが重要なのは、音楽様式を完成させたからではなく、ブラックメタルの「態度」を先に提示したからだ。悪魔的なイメージ、反権威的な姿勢、粗い演奏、下品さ、危険な冗談、そして商業的な洗練への拒絶。Venomにおける悪魔主義は、神学というよりショック戦略であり、ロックンロールの不良性を極端化した演出だった。だがその演出は、後の世代にとって単なる冗談では済まなくなる。
1980年代半ばになると、スウェーデンのBathoryがブラックメタルの音楽的骨格をより明確にした。1984年のデビュー作『Bathory』は、粗い録音、叫び声に近いヴォーカル、冷たいリフ、暴力的な疾走感によって、後の北欧ブラックメタルに大きな影響を与えた。Venomがブラックメタルに名前と態度を与えたとすれば、Bathoryはそこに音響的な輪郭を与えた存在だった。(Encyclopaedia Metallum)
Bathoryの重要性は、それだけにとどまらない。Quorthon率いるこのプロジェクトは、初期には荒々しいブラックメタルの原型を作り、その後は北欧神話や叙事詩的な世界観を取り込み、ヴァイキングメタルの源流にもなった。つまりBathoryは、ブラックメタルの「地下的な粗さ」と、後のペイガン/ヴァイキング的な「神話的壮大さ」の両方に橋を架けたのである。
この時期は「ファースト・ウェイヴ」と呼ばれる。Venom、Bathory、Hellhammer、Celtic Frost、Mercyful Fateなどがその代表格だ。ただし、この時点のブラックメタルはまだ統一された音楽様式ではなかった。むしろ、悪魔的・反宗教的なイメージ、荒い音質、高速で攻撃的な演奏、地下的な姿勢がゆるく結びついた集合体だった。後にノルウェーの若いミュージシャンたちは、その断片を受け取り、より冷たく、より硬質で、より徹底した形へ作り替えていく。
ノルウェーのセカンド・ウェイヴ――ジャンルが完成した瞬間
ブラックメタルが現在知られる形に固まったのは、1990年代初頭のノルウェーである。中心にはMayhemのギタリスト、Euronymousが経営していたオスロのレコード店Helveteがあった。Helveteは単なる店舗ではなく、若いミュージシャンたちが集まり、音楽、思想、噂、対抗意識を交換する拠点だった。ノルウェー国立図書館も、ノルウェー産ブラックメタルを同国のよく知られた文化表現の一つとして紹介しており、その背景には未加工な音、劇的なメイク、そして1990年代前半の事件があると説明している。(The National Library of Norway)
当時、デスメタルはすでに国際的なエクストリームメタルの中心になりつつあった。アメリカやスウェーデンのデスメタルは、重厚な音圧、技術的演奏、スタジオ録音の迫力を強めていた。それに対し、ノルウェーの若いブラックメタル勢は、むしろ「薄さ」「冷たさ」「粗さ」「反復」「地下性」を武器にした。彼らは、整った音よりも不穏な空気を、技術的な派手さよりも儀式的な没入感を重視した。
この「セカンド・ウェイヴ」では、Mayhem、Darkthrone、Burzum、Immortal、Emperor、Enslaved、Satyriconなどが重要な役割を果たした。Darkthroneはもともとデスメタル寄りのバンドだったが、1992年の『A Blaze in the Northern Sky』でブラックメタルへ大きく転換した。この作品は、整った演奏や厚い音圧よりも、冷気、粗さ、反復、雰囲気を重視する方向性を示した。(Encyclopaedia Metallum)
同じノルウェー勢でも、各バンドの方向性は異なっていた。Mayhemは古典的なブラックメタルの青写真を作り、Burzumはより内省的でアンビエント的な空気を持ち込み、Immortalはロック的な推進力を強め、Darkthroneは音をより raw に削り込み、Enslavedはフォークや異教的要素を、Emperorはシンフォニックな壮大さを加えた。The Quietusも、ノルウェーのセカンド・ウェイヴを語るうえで、これらのバンドがそれぞれ異なる下位様式の種をまいた点を指摘している。(The Quietus)
ここで重要なのは、セカンド・ウェイヴのブラックメタルが単なる「過激化」ではなかったという点である。彼らは、音を足すのではなく、むしろ削った。明瞭な低音、厚いギター、整ったドラムサウンドを拒み、カセットや安価な録音のようなざらつきを美学に変えた。ローファイは欠点ではなく、距離感を作るための手段だった。まるで遠くの森、地下室、廃墟、吹雪の向こう側から音が鳴っているように聴かせること。それが、ブラックメタルを他のエクストリームメタルから分ける決定的な感覚になった。
ローファイ、反復、寒さ――ブラックメタルの音響美学
ブラックメタルの特徴として語られるローファイ録音は、単に「音が悪い」という意味ではない。もちろん初期作品には予算や技術的制約による粗さもあった。しかし、その粗さはやがて意識的な美学になっていった。音の輪郭が潰れ、ギターがノイズの壁となり、ドラムが遠くで鳴り、ヴォーカルが人間の声というより亡霊の叫びのように響く。その不鮮明さが、現実感を薄め、聴き手を異界へ引き込む。
トレモロ・ピッキングも同じである。細かく刻まれるギターは、リフというより風景を作る。メロディは前に出すぎず、反復されることで霧のように広がる。ブラストビートは単なるスピードの誇示ではなく、身体を前へ運ぶリズムというより、聴き手を圧倒する自然現象に近い。吹雪、濁流、火災、祈祷、ノイズ。ブラックメタルの演奏は、しばしば「曲」よりも「場」を作ろうとする。
そのため、ブラックメタルには奇妙な二面性がある。一方では、非常に攻撃的で暴力的に聴こえる。もう一方では、反復と音像によって、アンビエントやミニマル音楽に近い没入感を生むことがある。Burzumのようなプロジェクトがアンビエント的な方向へ接続しやすかったのも、この反復性と空間性があったからだ。ブラックメタルは、メタルでありながら、しばしば「音の風景」を作る音楽でもある。
事件と悪名――音楽史に落ちた影
ノルウェーのブラックメタル史は、音楽だけでは語れない。1990年代前半、このシーンの周辺では教会放火、暴力事件、殺人が起こり、ブラックメタルは国際的に「危険な音楽」として報道された。特に、BurzumのVarg VikernesがMayhemのEuronymousを殺害し、1994年に有罪判決を受けた事件は、ジャンルのイメージを決定的に暗くした。(The Guardian)(EL PAÍS English)
この時期の事件は、ブラックメタルを一気に神話化した。教会放火、死、悪魔主義、秘密結社めいた噂、若者たちの過剰な発言。メディアはそれを「音楽シーン」というより「カルト的集団」として取り上げ、ジャンルの悪名は国境を越えて広がった。結果として、ブラックメタルは音を聴く前から物語を背負う音楽になってしまった。
ただし、ここで重要なのは、事件を音楽的価値と混同しないことだ。ブラックメタルの歴史には、反キリスト教的象徴、暴力的なパフォーマンス、反社会的な言動が深く関わっている。一方で、そうした事件性だけを取り上げると、音楽そのものの革新性が見えなくなる。逆に、音楽だけを称賛して事件や思想的問題をなかったことにするのも不誠実である。
近年のブラックメタル研究や関連書籍では、犯罪や悪評だけでなく、音楽面、シーン形成、地域ごとの発展を冷静に扱う姿勢が強まっている。Dayal Pattersonの『Black Metal: Evolution of the Cult』のような書籍が評価されているのも、ブラックメタルを単なるスキャンダルではなく、長い発展を持つ文化として捉え直しているからだ。(The Quietus)(Feral House)
1990年代後半以降――地下から世界へ
1990年代後半になると、ブラックメタルはノルウェーだけのものではなくなった。スウェーデン、フィンランド、ギリシャ、ポーランド、フランス、アメリカ、日本など、各地で独自のシーンが育った。音楽性も拡張し、シンフォニック・ブラックメタル、メロディック・ブラックメタル、アトモスフェリック・ブラックメタル、ペイガン/フォーク系、インダストリアル系、ブラック/デスの融合など、細分化が進んだ。(MasterClass)
この時期以降、ブラックメタルは「ノルウェーの森と教会放火の音楽」から、「世界中のアーティストが自分の地域性や思想を投影する表現形式」へ変化していった。北欧の森や神話だけでなく、都市の孤独、環境破壊、政治、精神的苦痛、民族的記憶、宗教批判、幻想文学、オカルト、哲学、さらには個人的な喪失や抑うつまで、扱う主題は大きく広がった。
たとえばギリシャのシーンでは、北欧的な冷たさとは異なる、地中海的で儀式的な旋律や重厚なミドルテンポが存在感を持った。フランスでは、Les Légions Noiresのような極端に地下的な流れから、Blut Aus NordやDeathspell Omegaのような前衛的・哲学的な表現まで、多様な発展が見られた。アメリカでは、XasthurやLeviathanのような孤独で閉塞的な一人ブラックメタル、Wolves in the Throne Roomのような自然崇拝的・アトモスフェリックな方向性が現れた。日本でも、Sighのようにブラックメタルをサイケデリック、プログレッシブ、アヴァンギャルドな要素と結びつけるバンドが登場した。
この世界化によって、ブラックメタルは一枚岩ではなくなった。かつては「true」か「false」か、つまり本物か偽物かという純粋主義的な言葉で語られることが多かったが、2000年代以降は、その境界そのものが揺らいでいく。ブラックメタルは、様式であると同時に、さまざまな音楽を黒く染める方法論にもなった。
2000年代以降――ブラックゲイズとポスト・ブラックメタル
2000年代以降の大きな変化の一つが、ポスト・ブラックメタルやブラックゲイズの登場だ。ブラックゲイズは、ブラックメタルのブラストビート、絶叫、トレモロ・ギターと、シューゲイザーやポストロックの浮遊感、メロディ、轟音を融合させたスタイルである。フランスのAlcestやAmesoeurs、アメリカのDeafheavenなどがこの流れを広く知らしめた。(The Guardian)
この動きは、ブラックメタルの美学を大きく変えた。従来のブラックメタルが「拒絶」「冷たさ」「醜さ」「地下性」を重視していたのに対し、ブラックゲイズは「美しさ」「開放感」「感傷」「光」を取り込んだ。特にDeafheavenの『Sunbather』以降、ブラックメタルはインディーロックやポストロックのリスナーにも届く音楽として認識されるようになった。
もちろん、この変化は歓迎だけを受けたわけではない。伝統主義的なリスナーからは、ブラックゲイズやポスト・ブラックメタルは「明るすぎる」「美しすぎる」「ヒップスター的だ」と批判された。だが、その批判自体が、ブラックメタルの美学がどれほど強い規範を持っていたかを示している。黒、冷気、地下、拒絶。その枠を破って光を入れることは、ブラックメタルにとって一つの異端だった。
しかし、ブラックメタルはそもそも異端の音楽だったはずだ。そう考えるなら、ポスト・ブラックメタルやブラックゲイズは裏切りではなく、ブラックメタルが持っていた変異能力の一つの帰結でもある。暗闇だけでなく、暗闇の向こうに見える光まで音にすること。それもまた、現代のブラックメタルが獲得した表現である。
思想的問題――暗黒美学と排外主義を切り分ける
ブラックメタルを語るうえで避けて通れないのが、思想的問題である。反キリスト教、反近代、異教趣味、ヨーロッパ的神話への憧れは、ブラックメタルの重要な表現資源になってきた。しかし、その一部は排外主義、白人至上主義、ネオナチ的思想とも結びついた。いわゆるNSBM、National Socialist Black Metalは、ブラックメタルの音楽形式に極右思想を持ち込んだ流れである。(ICCT)
ここで必要なのは、単純化しないことだ。ブラックメタル全体が極右思想の音楽なのではない。実際、多くのブラックメタル・ミュージシャンやリスナーは、人種差別やネオナチ思想を拒否している。一方で、ジャンルの一部にそうした思想が存在してきたことも事実である。したがって、ブラックメタルを聴く、語る、紹介する際には、音楽的な革新性と思想的な問題を切り分けながら、必要な批判を怠らない姿勢が求められる。
ブラックメタルの暗黒美学は、必ずしも現実の暴力や差別を肯定するものではない。だが、暗さ、反社会性、過激さを売りにする表現は、ときに本物の有害な思想を隠す覆いにもなる。だからこそ、作品、発言、レーベル、シーンの文脈を見ながら判断する必要がある。ブラックメタルの「危険さ」は魅力として消費されがちだが、その危険さが誰かを傷つける現実の思想に接続している場合、そこには批評的な距離が必要である。
入門として聴くなら
ブラックメタルの歴史を音でたどるなら、まずはVenom『Black Metal』とBathory『Bathory』でファースト・ウェイヴの粗さと原型を聴くとよい。次にDarkthrone『A Blaze in the Northern Sky』、Mayhem『De Mysteriis Dom Sathanas』、Burzum『Hvis lyset tar oss』、Emperor『In the Nightside Eclipse』、Immortal『Pure Holocaust』あたりを聴くと、ノルウェーのセカンド・ウェイヴがどのようにジャンルを形作ったかが見えてくる。
その後、Enslavedでペイガン/プログレッシブな展開を、Dimmu BorgirやCradle of Filthでシンフォニック/ゴシック寄りの拡張を、Blut Aus NordやDeathspell Omegaで前衛的なフランス系ブラックメタルを、Wolves in the Throne Roomで自然崇拝的なアトモスフェリック・ブラックメタルを、AlcestやDeafheavenでブラックゲイズ/ポスト・ブラックメタルを聴くと、ジャンルの広がりがわかりやすい。
ただし、ブラックメタルは「代表作だけを押さえれば理解できる」タイプの音楽ではない。重要なのは、音質の悪さや単調さに聞こえるものの奥に、どのような空気や世界観が作られているかを聴くことだ。ブラックメタルは、曲の展開よりも、音の温度や距離感で語ることが多い。
ブラックメタルが残したもの
ブラックメタルの歴史は、過激さの競争だけではない。Venomが名前と態度を与え、Bathoryが音楽的原型を作り、ノルウェーのセカンド・ウェイヴが冷たく儀式的な様式を完成させた。その後、ジャンルは世界各地へ広がり、シンフォニック、フォーク、アンビエント、インダストリアル、ブラックゲイズ、ポスト・ブラックメタルなどへ分岐した。
同時に、ブラックメタルは今も矛盾を抱えている。反宗教的表現や暗黒美学は創造力の源になったが、一部では排外主義や極右思想とも結びついた。地下性は商業主義への抵抗になったが、同時に閉鎖性や選民意識も生んだ。ローファイな録音は美学になったが、ときに粗さそのものが目的化することもあった。ブラックメタルは、常に自分自身の神話と戦い続けている音楽でもある。
それでも、このジャンルが今も世界中で更新され続けているのは、ブラックメタルが単なる様式ではなく、感情や風景を極端な形で音にする方法だからだ。孤独、怒り、寒さ、信仰への反発、自然への畏怖、都市の閉塞感、精神の暗部、そして美しさへの渇望。ブラックメタルは、それらを綺麗に整理せず、歪んだまま鳴らす。
ブラックメタルとは、暗闇を飾りとして使った音楽ではない。暗闇そのものを音に変えようとした音楽だ。その暗闇は時に危険で、時に幼稚で、時に醜悪で、時に圧倒的に美しい。だからこそ、ブラックメタルは今も聴き手を遠ざけ、同時に強く引き寄せている。