Album
レビュー
Rivers of Nihilの『Where Owls Know My Name』では、テクニカル・デスメタルの巨大な圧力が、異物を排除するためではなく、異物の輪郭を際立たせるために使われている。低く刻まれるギター、細分化されたドラム、咆哮する声が密閉された部屋を作り、その内部へサックスやクリーン・ギター、鍵盤、チェロが空気を送り込む。窓が開いて外へ脱出できるわけではない。室内の息苦しさそのものが、呼吸の存在を意識させるのである。
2018年3月16日に発表された本作は、Rivers of Nihilの3作目のフルアルバムであり、春を扱った『The Conscious Seed of Light』、夏を扱った『Monarchy』に続いて秋を主題とする。物語上は前作から数千年後、滅びゆく惑星に最後の知的存在として残された人物が置かれているが、歌詞を担ったAdam Biggsは、壮大な設定よりも喪失、加齢、死が身近になる感覚を中心にしたと説明している。秋は終末であると同時に、バンドが従来の形式を作り替える「再生」の季節として設定された。(Metal Blade Records)
この設定が有効なのは、世界の終わりを大仰な破壊として描くより、時間が際限なく余ってしまった人間の疲労へ変換しているからだ。「A Home」や「Hollow」にある旋律の伸びは、暴力的な演奏からの慰めというより、帰る場所を失ったまま遠方を眺める動作に近い。旋律は明確な方角を示すが、そこへ到達するための道を作らない。キャッチーでありながら解決感に乏しいという本作の感触は、この距離によって生まれる。
その一方で、「Old Nothing」や「Death Is Real」に代表される硬質な局面では、バンドの出自である現代的なテクニカル・デスメタルの語彙が前面に残る。細かいバスドラムと低音のギターが小節を強く区切り、リフは横へ流れるより、同じ場所へ重量を繰り返し落としていく。Jared Kleinのドラムはその床を均等に固めず、空白へフィルやアクセントを差し込み、アンサンブルの重心を細かく揺らしている。Apple Musicも「A Home」のポリリズムや「Old Nothing」の機械的なブラストビートを、本作の拡張された音楽性と並ぶ特徴として挙げている。(Apple Music - Web Player)
ここでサックスが重要になる。Zach Strouseの参加は、Brody Uttleyが「The Silent Life」の初期デモを彼に送り、返ってきた演奏をメンバーが気に入ったことから発展したもので、最終的には複数曲へ採用された。Biggsは同時期のインタビューで、技巧そのものよりも、曲をリフの集合ではなく記憶に残る「歌」として成立させることを重視していたと語っている。(MetalBite)
実際、本作のサックスはジャズらしさを示す名札というより、メタルのリズムが生む直線的な時間を曲げる役割を持つ。「The Silent Life」では、刻み続ける楽器群の上を滑ることで、拍の強さとは別の速度を作る。タイトル曲では、クリーン・ヴォーカルやメロトロン的な響き、アコースティック・ギターとともに現れ、曲をサイケデリックな中間地帯へ運ぶ。(Loudwire) 重い演奏の外側へ装飾を貼るというより、ギター中心の編成では一本化されがちな呼吸を、複数の流れへ分けているのだ。
「Subtle Change」は、この方法が最も大胆に展開される曲である。女性ヴォーカル、サックス、チェロを含む編成が、デスメタルの強度を保ったまま、声と楽器の距離を何度も組み替える。続くインストゥルメンタル「Terrestria III: Wither」ではチェロとトランペットも用いられ、アルバム中盤に明確な温度差が置かれる。Zach Strouseは「The Silent Life」「Subtle Change」、タイトル曲、終曲でサックスを担当し、Grant McFarlandのチェロやSean Carterのトランペットも要所へ配置されている。(メタルアーカイブス) 曲を個別の見せ場として追うより、こうした音色がどの曲で現れ、消え、再び戻るかを曲順に沿って捉えると、アルバムの輪郭は見えやすい。
とはいえ、すべての異種要素が作曲の内部へ完全に溶けているわけではない。ギターが単調な刻みや和音の反復へ留まる場面では、管楽器や鍵盤が「展開を起こす担当」として背負わされすぎている。音色が切り替わる瞬間は鮮烈でも、その前後のリフが同じ密度を保つため、変化が構造よりも照明の交換に近く感じられる箇所がある。この点は発表当時の批評でも意見が分かれ、管楽器とクリーン・ギターの対照を最大の成果としながら、リフの平板さやサックスの統合不足を指摘する評もあった。(Angry Metal Guy)
しかし、その不均衡は本作の弱点であると同時に、妙な生々しさでもある。従来のテクニカル・デスメタルを完全に捨て、滑らかなプログレッシヴ・メタルへ移行した作品なら、各要素はもっと整然と接続されただろう。『Where Owls Know My Name』は、古い身体のまま新しい呼吸法を覚えようとしている。だから重いリフとサックスの間に継ぎ目が残り、精密な演奏の中へ感情が多少乱暴に流れ込む。その塩梅がいい。
2010年代のプログレッシヴ・デスメタルにおいて、本作の意義はサックスを使ったこと自体にはない。管楽器を導入したエクストリーム・メタルは以前から存在する。本作が更新したのは、技巧を複雑さの証明から、孤独や疲労を長時間持続させる器へ変えた点である。激しさは死を劇的に演出せず、死が近くにあり続ける時間を支える。『Where Owls Know My Name』は完璧に統合された作品ではないが、その不揃いな接合部から、Rivers of Nihilが一つの様式を脱ぎかけている瞬間が見える。完成度だけでは測れない、キャリアの決定的な変化が記録されている。