← アルバム一覧へ
Blood Incantation『Absolute Elsewhere』のジャケット

Album

Absolute Elsewhere

Bandcampで聴く

レビュー

『Absolute Elsewhere』では、音楽が一つの様式から別の様式へ移動するたび、気圧が変わる。デスメタルの圧縮された暴力から、シンセサイザーとアコースティック・ギターが作る無重力の空間へ扉が開き、肺が新しい空気に慣れた頃には、再び低音と打撃の密室へ押し戻される。このアルバムを一貫させているのは、ジャンルの境界を消す滑らかさではなく、境界を通過するときの身体的な衝撃である。

2024年10月4日に発表された本作は、「The Stargate」と「The Message」という二つの約20分の組曲からなり、それぞれが三つの“Tablet”に分割されている。配信上は六曲だが、構成上は二曲、総尺は約44分。この区切り方は長大な作品を扱いやすくする一方、各Tabletを独立した小品として固定しない。前の区画で生まれた速度、残響、旋律の断片が、次の区画で別の物質へ変換されていく。(Blood Incantation)

冒頭の「The Stargate [Tablet I]」では、細かく屈折するギターとドラムが短い時間へ大量の情報を詰め込む。Blood Incantationが従来得意としてきたデスメタルは、重量そのものより、各声部が異なる方向へ急旋回することで空間を狭めていく音楽だった。ここでもその性格は保たれているが、やがて打撃の輪郭が遠のき、反復する電子音と余白が前景化する。激しさが徐々に薄まるというより、壁の向こう側から別の演奏が突然見えるような切り替えである。

この唐突さは未整理にもなり得る。しかし本作では、プログレッシヴ・ロックの部分が休憩、デスメタルの部分が本編という序列を作らない。Thorsten Quaeschningのシンセサイザーが加わる「The Stargate [Tablet II]」では、電子音、メロトロン、アコースティックな響きが曲の中心を担い、その後に現れる単一コードの重いストンプが、静かな区間を破壊するのではなく、そこに蓄積された浮力を下向きの力へ変える。(Blood Incantation) ここで重要なのは音色の対照だけではない。時間の流れ方そのものが変わる。デスメタル部分では数秒単位で重心が移動し、宇宙的な区間では一つの響きが長く保たれる。その速度差が、扉の両側にある圧力差として曲を前へ押している。

この構成は、2022年のシンセサイザー作品『Timewave Zero』を寄り道として処理せず、バンドの作曲法へ戻した結果でもある。Paul Riedlは、同作の制作過程でメンバーが歪みや生ドラムを使わず長時間即興し、互いの音を聴く方法を学び直したと説明している。さらに2023年の「Luminescent Bridge」を境に、それまで分離していたメタル、アンビエント、プログレが同時に進行するようになったという。(Bandcamp Daily) 『Absolute Elsewhere』の柔らかい区間が妙に緊張しているのは、この経緯と関係しているのだろう。音数が減っても演奏は停止せず、各メンバーが残響の長さや次の侵入地点を測っている。

「The Message」では、前半以上にプログレの身振りが露出する。明るく上昇するギター、クリーンな旋律、劇的なフィル、沈黙を挟んで帰還する咆哮。1970年代的な語彙は、ときにあまりにも明瞭であり、Pink FloydやTangerine Dreamを知る者には引用符つきの過去として聞こえやすい。実際、いくつかの場面では融合よりも場面転換が先に立ち、年代の異なる二枚のレコードを大胆に継ぎ合わせたような継ぎ目も残る。この説明だけでは取りこぼす部分もあるが、本作の弱点は複雑さではなく、参照元の見えやすさにある。

その見えやすさを、Blood Incantationは演奏の密度で押し切っている。録音はベルリンのHansa StudiosでArthur Rizkと行われ、場面ごとに上層のギター音を替えながら、共通する歪みのトラックを下に敷く方法が採られた。また、ピアノの弦を共振させ、その微細な響きを演奏全体の背後へ混ぜている。(MusicRadar) そのため音色が大きく変化しても、完全に別の録音へ切り替わった感触にはならない。耳に見えやすいのはギターやシンセの交代だが、作品を接着しているのは、その下で絶えず動く薄暗い部屋鳴りである。

各楽器を個別に追うより、まず音楽がどの程度の時間、同じ密度に留まっているかを捉えると、本作の輪郭は見えやすい。高速部分のリフをすべて記憶しようとすると、曲は巨大なアイデア集に見える。一方、圧縮、解放、再圧縮という呼吸の周期を追えば、急激な転換も一つの長い運動としてつながる。その上で細部へ戻ると、ドラムの一打やシンセの反復が、次の区画へ移るための予告として配置されていることがわかる。

終盤、スタジオの窓から偶然録音されたベルリンの雷雨が残響処理を施されて流れ込む。これは既製の環境音ではなく、ヴォーカル録音中に実際に起きた嵐を収めたものだという。(MusicRadar) 宇宙、古代文明、意識の変容といった巨大な主題を掲げてきたバンドが、最後には子どもの声まで混じる現実の天候へ行き着く。この終わり方によって、作品の壮大さにはわずかな生活感が戻る。

『Absolute Elsewhere』は、デスメタルをプログレッシヴに拡張したというだけでは十分に説明できない。『Timewave Zero』で獲得した遅い時間を、従来の暴力的な速度と同じ組曲の内部へ置き、どちらにも主導権を独占させなかった作品である。参照の露骨さや、継ぎ目の大仰さまで含めて、かなり変な音楽だ。それでも、この過剰さには縮小して整えるより、相容れない好みを最大寸法のまま並べるべきだという確信がある。現代のデスメタルにおける本作の意味は、新しいジャンル名を発明したことより、柔らかさを導入することで極端さの尺度そのものを広げた点にある。